大阪高等裁判所 昭和57年(ネ)325号 判決 1982年11月30日
控訴人 沢田マキ
被控訴人 小川和代
主文
一 原判決を取り消す。
二 控訴人が別紙物件目録記載の各物件につき、いずれも二分の一の持分権を有することを確認する。
三 被控訴人は控訴人に対し、別紙物件目録記載(一)の物件につき別紙登記目録記載(一)の、同物件目録記載(二)ないし(四)の各物件につき同登記目録記載(二)の各登記を、いずれも錯誤を原因として、控訴人と被控訴人の各持分二分の一の割合による共有の所有権更正登記手続をせよ。
四 訴訟費用は、第一、二審とも被控訴人の負担とする。
事実
一 当事者の求めた裁判
1 控訴の趣旨
主文と同旨。
2 控訴の趣旨に対する答弁
(一) 本件控訴を棄却する。
(二) 控訴費用は控訴人の負担とする。
二 当事者の主張
1 控訴人の請求原因
(一) 控訴人の別紙物件目録記載の各物件(以下「本件各物件」という。)に対する共有持分権の取得
(1) 控訴人は大正一三年六月二六日沢田嘉吉(以下「嘉吉」という。)と婚姻したが、昭和六年三月二五日同人の死亡により、同年七月同人の実弟沢田正三郎(以下「正三郎」という。)と挙式して事実上の夫婦となり、以来同人と内縁関係にあつた。
(2) 控訴人は嘉吉と婚姻当時同人と協力して家業である呉服商を営み、正三郎と内縁関係に入つてからも右家業を継いだ同人と協力してその経営にあたり、昭和五二年一一月控訴人の老齢と病気のため営業を廃止するまで、右経営を継続した。
(3) 控訴人は、正三郎とともに、右呉服商の収益をもつて昭和一三年一二月一九日別紙物件目録記載(三)、(四)の物件(以下「(三)、(四)の物件」といい、同物件目録記載(一)、(二)の物件についても右の例による。)を、昭和二二年四月七日(一)の物件を、昭和三三年一一月一〇日(二)の物件をいずれも正三郎名義で買い受けたが、その購入対価である右収益についての控訴人の寄与(貢献)割合は二分の一を下ることはないから、控訴人は右買受によつて本件各物件について正三郎とともに二分の一ずつの共有持分権を取得したものということができる。
仮に、右寄与割合が明らかでないとしても、民法二五〇条により控訴人は本件各物件について二分の一の共有持分権を有するものである。
(二) 被控訴人の本件各物件に対する共有持分権の取得
(1) 正三郎は女性関係が絶えず、昭和二二年ころには山田ヨシエ(以下「ヨシエ」という。)と関係ができ、同人との間に昭和二四年一一月二四日被控訴人が出生したもので、同人は正三郎の唯一の法定相続人である。
(2) 正三郎は、昭和五四年一一月二三日死亡したため、被控訴人は、相続により正三郎の本件各物件に対する二分の一の共有持分権を取得した。
(三) 控訴人の本件各物件に対する共有持分権確認の利益
控訴人は、正三郎の死亡後被控訴人に対し、本件各物件に対する共有持分権を主張したが、被控訴人は正三郎の唯一の法定相続人として相続により右各物件の所有権全部を取得したとして、控訴人の右主張を一顧だにしない。
(四) 本件各物件に対する登記関係
(1) 正三郎は、昭和一三年一二月一九日(三)、(四)の物件につき、昭和二二年四月七日(一)の物件につき、昭和三三年一一月一一日(二)の物件につき、それぞれ前記(一)の(3)の売買を原因として同人名義に所有権移転登記を経由した。
(2) 被控訴人は本件各物件につき正三郎の死亡に基づく相続を原因として別紙登記目録記載の各登記を経由した。
(五) よつて、控訴人は、控訴人が本件各物件につきいずれも二分の一の持分権を有することの確認を求めるとともに、本件各物件についてなされた前記(四)の(2)の各登記を、錯誤を原因として、控訴人と被控訴人の各持分二分の一の割合による共有の所有権更正登記手続を求める。
2 請求原因に対する認否
(一) 請求原因(一)の(1)の事実は不知。
(二) 同(一)の(2)の事実中、正三郎が嘉吉の死亡後、その呉服商を引き継ぎ、控訴人とともにその経営にあたつたことは否認し、その余は不知。正三郎は嘉吉の生前から独力で顧客を開拓して呉服商を経営していたものである。
(三) 同(一)の(3)の事実中、正三郎が本件各物件を買い入れたことは認めるが、その余は否認する。本件各物件は正三郎が自己の営業の収益をもつて買い入れたものであつて、被控訴人はなんら寄与していない。
(四) 同(二)の(1)の事実中、被控訴人が正三郎とヨシエとの間に昭和二四年一一月二四日出生したもので、正三郎の唯一の法定相続人であることは認めるが、その余は否認する。
(五) 同(二)の(2)の事実中、正三郎が昭和五四年一一月二三日死亡したことは認めるが、その余は否認する。被控訴人は正三郎の死亡によりその相続人として本件各物件の所有権全部を取得した。
(六) 同(三)の事実は否認する。
(七) 同(四)の(1)、(2)の事実は認める。
三 証拠関係<省略>
理由
一 控訴人の本件各物件に対する共有持分権の取得について
1 成立に争いのない甲第二号証の一ないし五、第八、第一〇号証、乙第一ないし第四、第六、第七号証、原審における控訴人本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第三号証の一、二、当審における控訴人本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第六、第九号証、原審証人沢田秀男、同山田ヨシエの各証言(ただし、山田ヨシエの証言については後記措信しない部分を除く。)及び原・当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 控訴人は大正一二年九月嘉吉と挙式し、大正一三年六月二六日婚姻届出をして夫婦となつたもので、本籍の肩書住所地で同人の父音松、同母トヨ、同弟正三郎、同弟秀男らと同居し、嘉吉との間に同年一二月二八日長女ユキノを、大正一五年一〇月二日二女道野をもうけたが、昭和六年三月二五日嘉吉は死亡した。
(二) 控訴人は、嘉吉の両親及び正三郎らの希望により昭和六年七月正三郎と挙式して事実上の夫婦となつたが、その後さしたる理由もないのに、婚姻届出がなされないまま経過し、昭和九年には秀男が分家して別居し、昭和一六年一二月三一日には音松が死亡したところ、同人は戸主であつたためユキノが音松の家督相続人として同人所有名義の居住土地建物である八尾市大字○○×××番地宅地四三六・八九平方メートル及び同地上家屋番号同町×××番木造瓦葺二階建居宅床面積一階二九・五六坪、二階九・六三坪、付属建物木造瓦葺平家建倉庫床面積一・八七坪のほか、同所×××番田二畝二〇歩外畦畔一六歩、同所×××番田八畝四歩外畦畔一八歩等を相続した。
(三) 控訴人と正三郎は、昭和五四年一一月二三日に同人が死亡(同日正三郎が死亡したことは当事者間に争いがない。)するまで婚姻届出をしなかつたが、昭和三四、五年ころから昭和三七年までの間及び同人の死亡前約一年を除いて、肩書住所地のほか○○○○駅前の店舗兼居宅や(一)の物件で同居生活を続けた。
(四) 正三郎は昭和二二年ころヨシエと情交関係ができ、昭和二四年一一月二四日同人との間に被控訴人をもうけた(同日正三郎とヨシエとの間に被控訴人をもうけたことは当事者間に争いがない。)ころから、控訴人のほかヨシエ・被控訴人らとも(一)の物件で同居するに至り、被控訴人の学齢時の迫つた昭和三〇年一一月一日ヨシエの強い要望により同人との婚姻届出をしたが、控訴人は昭和三四、五年ころ正三郎・ヨシエ・被控訴人らと別れて実家に帰つたところ、昭和三七年ころヨシエと別居した正三郎に連れ戻され、正三郎は昭和四〇年六月一〇日ヨシエと協議離婚した。
(五) 控訴人は昭和五四年一一月二三日正三郎の死亡に際しては、その妻としてユキノの夫である宗雄を喪主に立て、被控訴人夫婦の参列も得て葬儀を行つた。原審証人山田ヨシエの証言中には、右認定に抵触する部分があるが、右部分は前掲採用の各証拠に照らして措信できず、他に右認定を左右するに足りる証拠はない。
2 次に、右1の認定事実及び前掲の乙第一号証、官署作成部分については成立に争いがなく、その余の部分については原審における控訴人本人尋問の結果によつて成立が認められる甲第四号証、右本人尋問の結果によつて成立の認められる甲第五号証、原審証人沢田秀男、同山田ヨシエの各証言(ただし、山田ヨシエの証言については後記措信しない部分を除く。)及び原・当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 控訴人は、嘉吉と婚姻当時家事と育児に当るほか、家業である呉服商の手伝いをしており、正三郎と内縁関係に入つてからも、右家業を継いだ同人を手伝つて呉服商の経営に従事した。
(二) もつとも、右呉服商は、嘉吉生存当時は音松・正三郎・秀男らが、嘉吉が死亡して正三郎が家業を継いでからは音松・秀男らがそれぞれ手伝つていたが、昭和九年秀男が分家と同時に独立し○○で呉服商を始めてからは同人の、更に昭和一六年音松が死亡してからは同人の各助力がいずれもなくなり、その後は控訴人が正三郎と協力して右経営に当つた。
(三) 控訴人は、正三郎が応召していた昭和一九年五月五日から昭和二〇年九月一日までの間、右呉服商の経営を独力で続け、同人の復員後一時古着商に転じたこともあつたが、間もなくして同人とともに呉服商を再開し、従前どおり同人に協力してその経営に当り、その後ヨシエが前記1の(四)のとおり正三郎と同居していた間はヨシエも右経営を手伝つていたほかは、一時正三郎と別居した期間を除き、専ら同人と協力して右家業の経営に当つており、その状態は昭和五二年一一月控訴人が老齢と病気のため右営業を廃止するまで続いた。
(四) ところで、控訴人と正三郎の右呉服商の経営は、正三郎が主として呉服の仕入れと外回りを、控訴人が店舗内での販売をそれぞれ分担する方法によつていたが、正三郎は酒好きで女性関係もかなりあつたことなどから、控訴人が右経営のかなりの部分を分担した時期もしばしばあり、控訴人の右経営に対する貢献度は単なる手伝いという程度を超え共同経営ともいうべき実体を備えたものであつた。被控訴人は、正三郎は嘉吉の生前から独力で顧客を開拓していたもので、控訴人の協力なくして呉服商を経営していた旨主張し、原審証人山田ヨシエの証言中には、右主張に沿い前記認定に抵触する部分があるが、右部分は前掲採用の各証拠に照らして措信できず、他に右主張に沿い前記認定を左右するに足りる証拠はない。
3 更に、前記1、2の認定事実及び成立に争いのない甲第一号証の一ないし四、原審証人山田ヨシエの証言によつて成立の認められる乙第五号証、原審証人沢田秀男の証言及び原・当審における控訴人本人尋問の結果を総合すると、次の事実が認められる。
(一) 正三郎は控訴人とともに、同人と内縁関係にあつた間である昭和一三年一二月一九日(三)、(四)の各物件を、昭和二二年四月七日(一)の物件を、昭和三三年一一月一〇日(二)の物件をそれぞれ買い受け、(三)、(四)、(一)の各物件については売買の日に、(二)の物件については売買の翌日にいずれも正三郎名義で所有権移転登記を経由した(正三郎名義で所有権移転登記を経由したことは当事者間に争いがない。)。
(二) 控訴人及び正三郎は、本件各物件を、同人らが協力し家業として経営していた呉服商及び一時経営していた古着商等の収益で買い入れ、不足分はユキノが音松から相続した土地の一部の売却代金中からの借入金や親戚からの借入金をもつて充て、右借入金はユキノからの分を除き、その後呉服商からの収益で順次返還していつたもので、控訴人は本件各物件の買取りについては相当程度の寄与・貢献をした。
(三) そして、控訴人と正三郎が内縁関係にあつた間に同人らが買い取つた不動産は本件各物件だけであつた。
被控訴人は、本件各物件は正三郎が自己の営業の収益で買い取つたもので、控訴人は右買取りになんら寄与していない旨前記認定に反する主張をするが、右主張事実を認めて前記認定を動かすに足りる証拠はない。
4 ところで、正式の婚姻関係であると、内縁関係であるとを問わず、妻が家事に専従しその労働をもつて夫婦の共同生活に寄与している場合とは異なり、夫婦が共同して家業を経営し、その収益から夫婦の共同生活の経済的基礎を構成する財産として不動産を購入した場合には、右購入した不動産は、たとえその登記簿上の所有名義を夫にしていたとしても、夫婦間においてこれを夫の特有財産とする旨の特段の合意がない以上、夫婦の共有財産として同人らに帰属するものと解するのを相当とすべきところ、前記1ないし3の認定事実によると、本件各物件は、控訴人が正三郎と内縁の夫婦として共同生活を行う間、その家業である呉服商及び古着商を互いに協力して経営し、その収益をもつて購入したことが明らかであるから、たとえ右各物件の登記簿上の所有名義が正三郎となつているとしても、控訴人と正三郎との間において本件各物件を正三郎の特有財産とする旨の特段の合意のない限り、右両名の共有財産と解するのを相当とすべく、本件全証拠をもつてしても右特段の合意を認めることができないから、本件各物件は右両名がその共有財産として購入したものと認めるべきである。
5 そこで、控訴人の本件各物件についての共有持分について考えるに、控訴人は、控訴人の右各物件取得についての寄与分は二分の一を下らないから、少なくとも二分の一である旨主張するが、右主張事実は本件全証拠をもつてしてもにわかに認め難く、一方、控訴人の右寄与分が二分の一を下ることについての証拠もないから、結局、控訴人の右持分は民法二五〇条によつて正三郎のそれと均等の二分の一と認めるのが相当である。
6 してみれば、控訴人は本件各物件について二分の一の共有持分権を有するものということができる。
二 被控訴人の本件各物件に対する共有持分権の取得について
1 被控訴人が昭和二四年一一月二四日正三郎とヨシエとの間の子として出生したもので、正三郎の唯一の法定相続人であること及び同人が昭和五四年一一月二三日死亡したことは、いずれも当事者間に争いがない。
2 そうすると、正三郎は前記一に認定、説示の次第によつて、本件各物件の二分の一の共有持分権を有していたものというべきであるから、被控訴人は昭和五四年一一月二三日正三郎から右共有持分権を相続し、以来右持分権者となつたものといわなければならない。
三 控訴人の本件各物件に対する共有持分権確認の利益について
原審証人沢田秀男、同山田ヨシエの各証言、原・当審における控訴人本人尋問の結果及び弁論の全趣旨によると、請求原因(三)の事実が認められるから、控訴人は被控訴人との間において本件各物件に対する共有持分権の確認を求める利益があるものといわなければならない。
四 本件各物件に対する登記関係について
請求原因(四)の(1)、(2)の事実は当事者間に争いがない。
五 結論
以上説示の次第であつてみれば、控訴人が本件各物件について二分の一の共有持分権を有することの確認を求め、また、被控訴人に対し本件各物件についてなされた別紙登記目録記載の各登記を、いずれも錯誤を原因として控訴人と被控訴人の各持分二分の一の割合による共有の所有権更正登記手続を求める控訴人の本訴各請求はいずれも正当として認容すべきものといわなければならない。
そうすると、右判断と異なる原判決は不当で、本件控訴は理由があるから、民訴法三八六条によつて同判決を取り消し、本訴各請求をすべて認容することとし、訴訟費用の負担につき同法九六条、八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 島崎三郎 裁判官 高田政彦 篠原勝美)
別紙目録<省略>